戦後間もなくの頃より浦霞の杜氏として招聘されたのが、
南部流酒造りの名人と謳われた平野佐五郎でした。
蔵入りしてまず徹底したのは蔵内の清掃。
微生物が存分に活動できる清潔な環境を整え、
浦霞の酒質も格段に向上します。
昭和27年には全国新酒鑑評会で首席入賞を皮切りに
鑑評会で入賞を重ねていきます。昭和30年代に入ると
「浦霞でイチゴの様な香りを出した」という噂が広まり
浦霞の吟醸造りが注目されるようになりました。
昭和35年より杜氏を引き継いだ甥の平野重一も
各種鑑評会で入賞を重ね、
浦霞は「吟醸蔵」として全国に名を馳せる酒蔵となりました。
昭和40年頃に宮城県酒造協同組合
醸造試験所の技師によって
浦霞の吟醸醪から分離された酵母は、
優れた吟醸用酵母として希望する県内の蔵元にも
供与されました。
その後公益財団法人日本醸造協会に
「きょうかい12号酵母」として登録、
昭和60年頃より全国の酒蔵に向けて頒布されました。
その後、吟醸酒に対する消費者の嗜好も変化していき、
時間の流れとともに
いつしか使用されなくなってしまいました。
「平成」を経て
「令和」へと時代が移り変わり、
弊社ではしばらく頒布が中止されていた
「きょうかい12号酵母」を使用した
酒造りを復活。
この酵母とともに酒造りの歴史に
吟醸蔵として名を刻んだ誇りを持ち、
浦霞が積み重ねてきた経験と技術で、
12号酵母を使用した酒造りに挑戦しています。
「12」という数字は、
復活して新たな時を刻み始める
「きょうかい12号酵母」と時計の針をモチーフにして
デザインしました。
また、「12」の字体は人間にとって最も安定した
美しい比率とされている黄金比を活用して構成。
飲み飽きしない味と香りのバランスのとれた酒質
安定した美味しさを目指している
浦霞の方向性も表現しています。
未成年の飲酒は法律で禁止されています。
20歳未満のお客様へのお酒の販売はできません。